東京時代、金魚の糞のように、じろりんの後を付きまわっていた井之上君。今では足元にも及ばない程の役者になっている。姫路での公演で二十年振りに再会した。それからの十年の間に東京で三回、会う機会がありました。
一度目は、サラリーマンが行き交う新橋の喫茶店で、二度目はサスケライブの運転手で姫路まで来られた、あの西村マスターの新宿のお店でしたが、いつもスケジュールの合間の限られた時間でした。そして三度目は今年七月、サスケの弟・タカさんのお見舞いでした。お見舞いの後、池袋から新宿まで電車に乗ったのですが途中の駅で人身事故の為に止まってしまったのです。「新宿まで歩きましょうか・・・」と井之上君が言うので歩くことにしました。
歩きながら、この三十年間の出来事を延々と語り合いました。歌舞伎の中村勘三郎さんとの共演も決まっていたのですが勘三郎さんが病気の為、急遽公演が中止となった話。携帯の留守電に「井之上さん、ゴメンね。こんな事になってしまって・・・・」と勘三郎さんから、お詫びのメッセージが入っていました。
私は「井之上君!」と言っているのに、あの大御所の勘三郎さんが「井之上さん!」と言われていた事に驚きました。
その後も話は途切れる事なく続き何時の間にか知り合いの俳優さんがやっている新宿の店の前に辿り着きました。店は新装開店で多くのお客さんでしたが夜行バスの時間まで居させて頂くことにしました。バスの時間になり帰り支度をしようとすると、井之上君が「ジローさん、帰らないで下さいよ。もう少し飲みましょう・・・」と言うのです。何故か昔から井之上君に頼まれると断れないのです。結局、夜行バスをキャンセルして、それから、朝まで飲んで語り合いました。
そして、フラフラになりながら朝一番の新幹線で帰って来たのです。帰り際に井之上君が「本当に濃い時間でしたね・・」と言いました。とても埋まる筈のない三十年という歳月を一晩で一気に取り戻したように感じた一日でした。
今、井之上隆志君は、東山紀之、坂本昌行、W主演の「フランケンシュタイン」という舞台に出演中です。